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豪徳寺・世田谷城跡・旧大場家 (2017年8月6日 現在) by yama

1)豪徳寺
豪徳寺は、大谿山と号します。世田谷城主吉良政忠が、文明12年(1480)に亡くなった伯母の菩提のために臨済宗弘徳院として創建したと伝えられます。高輪泉岳寺初世の門奄宗関が中興開山、寛永10年(1633)世田谷領が彦根藩領となり、当寺が井伊家の江戸における菩提寺となったことから、寺号を藩主井伊直孝の法号昌院殿豪徳天英大居士より豪徳寺と改号しました。

http://www.tesshow.jp/setagaya/temple_gotokuji_gotokuji.html

2)世田谷城跡
 世田谷城は、初代吉良氏が南北朝の頃、関東管領・足利基氏から、戦の手柄により、武蔵国世田谷領をもらいうけて築城したのが始まりであると言われています。

http://www.city.setagaya.lg.jp/shisetsu/1217/1271/d00014476.html

3)代官屋敷 大場家
 大場家住宅は、江戸時代中期以来、彦根藩世田谷領20カ村の代官を世襲した大場家の役宅で、世田谷代官屋敷と呼ばれています。大名領の代官屋敷としては都内唯一の存在であり、昭和53年1月住宅建造物としては都内初めての「重要文化財」に指定されました。

http://www.kamimachi-ginzakai.jp/story/52/

豪徳寺の参道。 松並木が続きます。
立派な山門です。 山門をくぐると、仏堂が見えます。
 なかなか雰囲気の良い手入れの届いた境内です。気持ち良いです。  招猫殿。
招き猫発祥の地とする説がある。井伊直孝が猫により門内に招き入れられ、雷雨を避け、和尚の法談を聞くことができたことを大いに喜び、後に井伊家御菩提所としたという。
 井伊家の墓所には、豪徳寺中興の祖とも云える二代直孝を始めとして、六代直恒、九代直=A十代直幸、十三代直弼、そして彦根藩最後の藩主である十四代直憲が葬られています。更に正室・側室・早世した家族、江戸で亡くなった藩士なども葬られており、三百余基の墓石がある広大な墓所となっていて、墓所全体が国指定史跡となっています。

左は、十三代井伊直弼のお墓です。
本堂 こちらで、奉納する招き猫が購入できます。
世田谷城跡
土塁と濠の跡。写真では石垣がありますが、旧世田谷城は土塁の城だったようです。

代官屋敷 前田家住宅
国の重要文化財に認定された貴重な住宅。
当日の代官屋敷を今に伝えています。

江戸時代に彦根井伊家領世田谷(2300石余)の代官職を務め、明治維新に至るまで世襲した大場家が代官役所としても使用していたもの。
番外編
帰りに三軒茶屋にあるキャロットタワーの展望ラウンジに上がってきました。
26階からは本当はきれいな富士山が見えるはずですが・・・、この日はあいにくの曇り空で見れませんでした。
また、冬場になれば空気も澄んで綺麗な富士山が見えるのでは、、そのころに再度訪れたいです。